このままじゃいけない、オーナーになれ

日常にある事柄から思考するブログ

嫌いなヤツとの接し方

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こんばんは、snpです。

 

嫌いなヤツいますか?大抵の社会で暮らす人においてはこいつうぜー、嫌い、って思う人何人かいるのではないでしょうか。

自論ではありますが、そんなヤツらどう接すればいいのか、考察していこうと思います。

 

コミュニティに少なからず、いる

どうも人間はひとりで生活はできないもので、買い物をするにしても人に代金を支払わなければならないし、仕事して稼ぐのも人からお金をもらう行為だし。人は人によって生活しているので人との接点は発生する。

そして、好きな人もいれば嫌いな苦手な人も登場する。その嫌い苦手な人にどう接すればいいのだろうか。避けてもいいのだろうが、すぐさま別の形(別の人間)として舞い戻ってくる場合が多い。

 

そいつらを受け入れればよくね?

職場にも周期的にわたしのあまり好きじゃないタイプの人間が登場する。

結局は自分がどうジタバタと動こうが、そいつはそこに存在するので、もうそいつの存在自体をひっくるめて受け入れしまえば良いことに気付いた。

受け入れるってどういう事?と思ってしまうが、モノがその空間(自分の感じ取れる範囲内)にあることは無意識的に自分は受け入れて認識しているはず。例えばタヌキの置物があることを勝手に認識してあるとは思わずに当然あるから無意識的に自分の空間に受け入れているんだと思う。だったら嫌いなヤツも自分の無意識的な空間に勝手にいるというぐらいにしておけばいいので、あまり深く考える必要もないと思う。

勝手にいるヤツは勝手にいなくなる。今まで勝手にいなくなったヤツは沢山いた。

 

パワハラ的な扱いを受ける場合は?

トゲのある言葉を投げかける輩っている。こちらは何もアクションしていないのに一方的に仕掛けてくるヤツ。

その時はこう思うことにしている。可哀想なヤツだ。と。結局自分から不幸になりにいっていることも分かっていない愚かな輩だと思う。

接し方次第では良好な関係性の輪が広がる可能性もあることを知らずに、自分の感情をコントロール出来ず、ターゲットにされた弱者になり振り構わずアクションを仕掛ける。

周りはみんな見てますよ。

 

みんなとは?

もちろん、自分の周囲の関係性にある人たち、噂で聞いた人たちは分かっている。

さらにその場の物質も見ているに違いない。万物に神が宿る考え方としては間違っていないのではないだろうか。

亡くなったご先祖様も余裕で見ていると思う。

逆に言えば、良い行いも見られいると言う点もある。

 

わたしの職場にもいます。でもいるだけで関わりを持つようにアクションしていないのでタヌキの置物状態ですw

 

最後まで読んで頂きまして、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。